『女で、母で、時々写真で』~カリフォルニアに流れ着いた~

子育てに追われた10数年。人生折り返し地点でふと気が付けば想定外の場所にいた。『ここのままでは終われない!』遣り甲斐と生き甲斐を求めて写真を再始動、翻訳家目指して奮闘開始。そんな私の日々のあれこれを、頼まれもしないのに日記に綴っていく。

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さようなら、こんにちは


別れがあれば、新しい出会いがあって、
一つ扉が閉まると別の扉が開く

というのは本当だ。
でもその出会いが良いものだけとは、
新しく開いた扉が自分の望む場所ばかりとは限らない。

翻訳家とはかけ離れているように感じる世界に
これから足を踏み入れようとしている自分を
腹立たしくも思う。

少し近づいたかもしれない自分の夢から
また遠ざかるみたいで。

でも新しい出会いを拒まなければ、
扉を開け続ければ、
このままここに立ち止まっていなければ

いつか私は私の行きたい場所にたどり着けるはず。

たどり着くまで
私は扉を開け続けるわけだから。

そう信じて進むしかないって思ってる。

深呼吸一つして
ワクワクして「こんにちは!」を言おう。

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  1. 2014/09/14(日) 00:58:19|
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これで本当におしまい


今夜、ずっと好きだった人に会った。
好きだったけど、その想いは叶わないと分かっていた人。
好きだったけど、もう好きじゃなかった人。
次に日本に来たら会おうかどうかずっと迷っていた。

いつまでも宙ぶらりんな想いを抱える私に友人が
「会わないと先へ進めないから会ってくるべき」と忠告してくれた。

思い切って連絡をすると
予想とは違ってすぐに会えることになった。

慌てて飛び乗った電車の中で
いつまでも止まない胸の高まりに自分で舌打ちしたくなった。

「まだ、好きだったんだな」

久しぶりに会ったあなたを見てホッとしたのは
それはきっと最後に会った時の苦々しいものと違って
今夜のあなたの表情が優しかったからだ。

久しぶりに見たあなたは
大好きだった頃の笑顔で私を見つめ

久しぶりに聞くあなたの笑い声が
私の心に染み入った。

今夜のあなたは逃げなかった。
それがすごく嬉しかった。
だから私も逃げずに
今度はきちんと現実を受け入れられた。

あなたをもう追いかけないという現実。

やっぱり私はあなたが大好き。

私だけしか知らないあなたの好きなところ。
私たちだけにしか分からないジョーク。
私たちが共有する小さな秘密。

残ったものは
苦さでも悲しさでも後悔でもなくて
ありがとうという気持ちだけ。

あなたを好きになって
本当に良かった。

今夜あなたに会えて本当に良かった。


別れ間際、多くの人の行き交う電車のホームで
差し出された右手を振り切るようにして
私はあなたに抱きついた。

ありがとう。
またね。

人目の気になるあなたが
嫌がらずに私の背中に手を回してくれた。

もう十分。
十分幸せにしてもらったよ。

またいつか、会おうね。
今度は本当に友達として。








  1. 2014/06/23(月) 09:11:23|
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残り

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この時間は嬉しさと哀しさの混ざった感情になる。

帰国前の数日間、持って行く荷物を用意したり、
長らく家を空けるためにしなければいけない用事を
片っ端から片付けながら
そわそわと落ち着かない日々を過ごす時間。

この頃になると時計の針は急にゆっくりと進み始め、
気がつくと出発までにはまだ何日もあったりする。

久しく会っていない家族や友人と再会することを想像すると
何故か哀しくて泣きたくなる。

再会は同時に
またすぐにやってくる別れも一緒に連れて来てしまうから。

年を取る毎に
人との再会や別れが本当につらくなる。

友達との会話には「病」と付くものの話が増え
姉弟の髪に白いものを見つけては
彼らとの間で失っている時間を悔やんだりする。
年老いていく両親に「ばいばい」と笑顔を向けられなくなる。

地方から東京に出てきた母に、昔言われたことがある。

「遠くに嫁に行かない方がいい」

若さや時間が永遠に続くと思っていた、あまのじゃくの私は
もちろんその助言の真逆をやってのけて
あの時の母の台詞が今痛いほど身にしみている。

それでも。。。
今また住むために日本に帰ってこられるのかと聞かれると
簡単には答えは出せないから不思議だ。

アメリカに移住してからの18年という月日は
私にこの国に対しての愛着以上のものを与えてくれた。

時に日本に住む家族以上の支えになってくれたここの友人達には
それこそ血の繋がった家族同然の感情も芽生えている。

日本に居たら出来きなかったこと、知り得なかったことを考えると
やっぱりここへ来て良かったと思う。



きっと私は幸せなんだ。

帰る国が二つあって
それぞれの場所で私を待っていてくれる人達がいて

余計な哀しみを経験しなければいけない分、
多くの喜びが返ってくる。


私が感じなければならない哀しみは
同時に喜びを一緒に連れて来る、
そう考えるようにしよう。

人生は

「もうこれしか残ってない」ではなくて

「まだこれだけ残ってる」ものだと思うから。





  1. 2014/06/15(日) 23:10:43|
  2. 人生
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もう一度

困り果てた君はとうとう私に
「なんで俺なの?」という台詞を口にした。

そういう言葉が出るようになったら
身を引く時期に来たと悟れるくらいの
恋愛数は経験してきたつもりだ。

別れの前触れの味というのは本当に苦くて
喉元からなかなか通り過ぎてはくれない。

君と出会ったのが夏だったから
夏が好きになった。

今でも何故か夏を待ち焦がれ、
乾いた暑い陽射しを浴びる度に君を思い出し、
そして時々
霞む夏の景色の中に君の幻を探す自分がいることに気付く。

今でも君を好きっていうわけじゃない。
君を好きだったあの状態が恋しいだけ。

君が私を見てくれたほんのひと時の甘い残り香を
もう一度かいでみたいだけ。

「なんで君だったんだろう?」
何度も自分に問いかけた。

そしてそういう質問をしてしまう時点で
もう特別な人になっていることも分かっている。

残念なことに
そんな風に想える人にはなかなか出会えない。

そんな風に想える数少ない中の一人である君を
私は簡単に手放してしまったのかな。


今でも好きっていうわけじゃないけど

出会った頃のように暑い夏の日に

君に、もう一度会いたい。


2010 tanya











  1. 2014/05/04(日) 21:56:12|
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2014年春という時


わわわ。前回の日記の更新から2ヶ月も経ってしまった・・・

未来、たとえば1年先とか5年先を考えると長いような気がするのに
過去の2ヶ月や1年、5年なんて本当にあっという間に過ぎてしまったように感じる。

私と子供たちは今年の夏、日本に里帰りする。
今はその日が来るのが待ち遠しくて、
数ヶ月後の未来が永遠に来ないかのように感じてしまう。

あっという間に過ぎ去った一年前の今頃の私は
”やっと立っている”、という状況にあった。

私は2012年の暮れに13年間の結婚生活に終止符を打ち
三人の子供を連れて夫と別居した。
結婚前の同棲生活を含むと15年目にしての”自立”。

別居の理由はいわゆる『性格の不一致』。
なんて無責任で都合のいい言葉だろうかと思う。
私から、半ば無理矢理夫に渡した決断だった。
でも今ここでそれがいいとか悪いとか語るつもりは毛頭ない。

後悔はしていない。
正しい選択だったと
日を追うごとにその思いは強くなる。

考えてみると、
親元から離れてすぐに彼氏と同棲、結婚に至った人生を歩んできた私にとって
この別居は15年目どころか生まれて始めての”自立”への挑戦だった。
一家の”大黒柱”になるという道を選んだのは自分だったし
必ず成し遂げてみせるという意気込みはあったけれど
それでも先の全く見えない未来に一人で怯え、
眠れない夜も少なくなかった。

その時初めて、
もしかしたら自分の父や夫、そして世の中の”大黒柱”と呼ばれる人達が
感じているのかもしれない重圧を少し理解できるような気がした。

とにかく、去年の今頃の私は
別居を突きつけられて怒り心頭だったにもかかわらず
生活費を毎月きちんと入れてくれていた夫と
身勝手な決断をした私を無条件で支えてくれた友人たち、
そして何よりも子供たちがいてくれたおかげで
辛うじて立っていることができていた、という状況だった。

そんな状況に長く浸っている暇もお金もない。
しかし翻訳家になることを本気で決めたのは
別居から半年以上もたった頃だった。

このブログを開設したのは
翻訳家になることを決意したことを
誰にも聞かれてないけど世に意思表明したかったから。

初回の日記に
『このブログを、私の夢への第一歩を踏み出したと同時に開設した。
私が一体どこまで辿り着けるか、克明に綴っていこうと思う。
できることなら頂上まで(仕事を獲得するところまで)ご案内したい。』

な~んて馬鹿なことを記している。
仕事獲得の時点を頂上と呼ぶ大馬鹿者。
それが一体なんだと言うんだ?

初仕事は無事に獲得し、
今は月に数本の受注をいただけるようになったけれど
頂上だなんて恥ずかしくて恥ずかしくて・・・言えない。
頂上へ向けてやっと一歩を踏み出したに過ぎないのだから。。。

それは置いておいて。
話は去年の今頃に戻ると・・・

もちろん最初から上手く行ったわけではなく
自分に収入がないということに今更ながら焦りを感じていた。
「もっと準備してから別れれば良かったのに」という類の台詞も
嫌というほど聞いた。
更には「今ならまだ間に合う・・・考え直したら?」ということさえ。
夫にも暗にそういうことを言われた。

悔しかった。情けなかった。
自分の考えの甘さ、未熟さ、不恰好さに腹が立って仕方がなかった。

その自分に対する腹立たしさが
私の毎日の大きな原動力になっていたことは間違いない。
子供たちにも前と近い生活を与えたいと強く願っていたし。

そうやって行きつ戻りつしながら過ぎた”あっという間”の一年は
実は本当に本当に大きな一年だった。

一本のメール、小さな一つの仕事、
いつもと代わり映えのしないような一日が
少しずつ積み重なってたどり着いた2014年春。

今の自分を誇らしいとか
よくやってるなんて褒めるつもりはない。
もっともっと頑張らなければならないし
先はこれからが、長い。

でも一年前の自分の状況を考えると
”積み重ねる”ということのすごさと
”時の流れ”の貴重さを思わずにはいられない。

一日という時の流れを
途切れ途切れに頑張ることは
まるで雪の結晶のように儚くて無駄な気がするけれど
絶え間なくどんどんどんどん降り続かせれば
それはいつか積もりに積もって、時に建物さえ押し潰す力になる。

今の私は
特に心が不安に蝕まれそうな日は
自分自身にこう語りかけて励ます。

「別居したばかりの頃の自分と比べてみなよ。
少しづつだけど、確実に前に進んでる。
確実に何かを積み上げてきている。」と。

あっという間に過ぎてしまう2ヶ月や1年や5年を
無駄に解ける結晶のごとく過ごすのか
大きな力を発揮する大雪として積もらせるのかは私次第だ。

私は欲張りだから
その積もった大雪を溶かして豊かな水にして大地に沁み込ませ
やがて草木を育ててきれいな春を訪れさせる、
そしてその先の大好きな夏を謳歌して
もっと大好きな秋をしみじみ味わう。
ってぇ~~~ところまでやってのけたい。
(ちなみに冬が来たらまた頑張る。笑)

そんなことを考えている2014年春。

楽しみな夏はもうすぐそこだ。

2013 july no3


*写真と本文は特に関連なしです。




  1. 2014/04/09(水) 22:51:47|
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tkm

Author:tkm
3人の子供(女15歳・男9歳・男7歳)、犬二頭(オス5歳・メス10ヶ月)、ギニーピグ2匹(メス1歳くらい・メス11ヶ月くらい)と共にカリフォルニアで生きる。
映像翻訳家目指して勉強中。
モノクロフィルムを愛用し、自宅に暗室を完備。秘かな野望は
「いつか世間から写真家として認知されること」

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